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ザ・ジャガーズ

ザ・ジャガーズ

1963年に結成された"野獣会オールスターズ"を母体とする"宮ユキオとプレイ・ファイブ"が前身。65年春から『ビートNo.1』『エキサイト・ショー』といったエレキ・ブームに呼応したTV番組にレギュラー出演するようになった。8月のハニーカムズ来日公演でも前座を務めるなど、中堅エレキ・バンドとして東京、横浜のジャズ喫茶などで活躍していたが、66年に、宮、岡本、沖津、宮崎、森田、佐藤という顔ぶれが揃い、ヴォーカルもこなすマージー・ビート・スタイルのバンドに発展。ジャガーズと改名して67年6月にフィリップスよりシングル「君に会いたい」でレコード・デビューした。
岡本の甘いムードと、バンド全体に漂う黒っぽいフィーリングで人気を呼び、続く第2弾「ダンシング・ロンリー・ナイト」(67年10月)、68年1月の「マドモアゼル・ブルース」もヒット。小林信彦(中原弓彦)が脚本を手がけた主演映画『進め!ジャガーズ・敵前上陸』(松竹/68年)が制作されたりと、おりからのGSブームの中で人気グループとして順調な活動を展開していった。68年3月にリーダーの宮ユキオがグループを離れ、代わりに浜野たけしが新ドラマーとして参加。活動を再開後も「キサナドゥーの伝説」(68年6月)、「星空の二人」(68年9月)といったヒットを連発し活躍を続けた。
しかし、69年からは他のGS同様に低迷期を迎える。「恋人たちにブルースを」(69年1月)のようなムード歌謡路線のシングルをリリースしたり、病気を理由に沖津が脱退。ジャガーズのラスト・シングルとなった「いつか誰か」(70年4月)を発表後には、佐藤、浜野も相次いで脱退。代わってサマーズの橋アキラ(vcls)と牧ツトム(ds)、元P.S.ヴィーナスの石井芳夫(vcls)が加入したが、オリジナル・メンバーが岡本と森田だけというジリ貧状態でディスコを中心に活動を続けていた。結局アルバム3枚(カーナビーツとの競演盤を含む)とシングル8枚を残して、71年7月に自然消滅したものの、81年の再結成以後、何度か集まってはライヴ活動を続けている。


<メンバー>
松崎由治 (lead guitar, vocal)
萩原健一 (vocal, harp)
高久 昇 (bass, voval)
田中俊夫 (guitar, organ)
大口広司 (drums, vocal)

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