The Art Of Romance

トニー・ベネットの104枚目のアルバムという。78歳という年齢だが、今も現役というだけではなくて、トップ・ヴォーカリストとして活躍しているところがすごい。若い世代に支持されていることも特筆すべきだろう。それも10年以上も前からで94年のk.d.ラングらとの『MTVアンプラグド』は、今のベネットの姿を予感させる素晴らしいアルバムだった。<br>さて、この最新作は、フィル・ラモーンのプロデュース、ジョニー・マンデルのアレンジで、まさに堂々と正面から向かったラブ・ソング集。これでコケたらどうしようもないという作りだが、まさに期待通りの素晴らしい出来で、ベネットのベスト・アルバムの一枚と言っていいだろう。選ばれた曲は、お馴染みのスタンダード・ソングライターのものがほとんどを占めるが、でも、いわゆる名曲はひとつもなく、すべてベネットの見事な語りで名曲に変貌している。近年のベネットの特徴だけれど、紋切り型のスタンダード・ヴォーカルにしたくないということと、やはりひとつのところにいたくないというジャズ・エンタテイナーとしての矜持でもある。ベネットは、ジャズ・エンタテイナーという言葉が好きで、常にジャズとともにあることを大切にしているが、それは単に音楽のスタイルとか個別の技術といったことではなく、このアルバムの歌にも表われているように、大きく包み込むような細やかで温かな情感を発現する場所とでも言ったらいいだろうか。しばしばこれを大人の世界などと言ったりもするが、しかし、これはそもそも年齢に関係ない。むしろ10代の人に聴いてほしい。聴きものをひとつだけ言及すればジャンゴ・ラインハルトのメロディにベネット自身が詞をつけた「オール・フォー・ユー」だろうか。ベネットの歌は、どれも愛の素晴らしさを伝えているが、自分の言葉で自分の人生を語ったこれはまさに特別である。久しぶりにゆったりと歌を堪能できる文句なしの快作だ。（CDジャーナル）